日の丸の秘密、3:4:5、視線の彼方
僕がこれまでにこの町の中で目にした反日メッセージというのは、末尾の図a(引用者注 長方形の中央に小さな赤い丸を書き、右上から左下へ斜線を引いた図)のような〈ジャパン・バッシング〉スティッカーだけである。これはかなり古い大型アメリカ車の後ろのバンパーに貼ってあった。うちの近くの道路で信号待ちをしているときに、この車が僕の運転する車の前に停まっていたのである。最初のうち僕はそれが何であるのかよく理解できなかった。中心の赤い円があまりにも小さかったからだ。だからそれは日の丸の旗というよりは、どちらかというと梅干し弁当みたいに見えた。
村上春樹がアメリカのプリンストンに滞在していたときのエッセイです。当時は、自動車産業を中心にジャパン・バッシングが吹き荒れていた時代でありました。
このアバウトさはいかにもアメリカ人らしいという感じですが、たしか日韓ワールドカップの開会式でも、韓国が用意した日の丸の赤い円がやけに巨大だったような記憶があります。要するにふつうの人は他国の旗のことなんていちいち憶えてはいない。我々がうろおぼえで描くドラえもんがかなりありえない造形になるのと同じようなものかもしれません。
主観バリバリで書きますが、私は、日の丸のデザインが好きです。なんと言っても美しい。極限までシンプルなのに、中心円が大きすぎても小さすぎても均衡が崩れる絶妙のバランス。「日の丸はデザイン的に美しすぎて、この旗のためなら死ねると思う人も続出しそうなので、もっとカッコ悪い国旗でもいいかな」という声があがるのもよく分かります。
日の丸のデザインは、「国旗及び国歌に関する法律」で厳密に決められています。それによると、縦は横の3分の2。日章は、中心を旗の中心と合わせ、直径を縦の5分の3にせよとのことです。大変シンプルな比率ですね。
ところが、この割合には恐るべき秘密が隠されているのです! いや、別に恐ろしくもなんともないんですが。
右上にアップロードした画像を見てください。たぶんほとんどの人には見えにくい位置にあると思いますが、申し訳ありません。がんばってください。
まず、MをADの中点とします。AB:ADは定義より2:3ですが、計算を簡単にするため、AB=20、AD=30とおきます。すると、AM=15です。△ABMは直角三角形で、AM:AB=15:20=3:4ですので、これは有名な3:4:5の直角三角形ですね! これよりBM=25です。
次に、点Pを中心OからBMに降ろした垂線の足にとります(要するに∠OPM=90°になるようにとります)。MはADの中心でしたから、ABとMOは平行です。平行線の錯角が等しいことから、∠ABM=∠OMPとなり、二角相等より、△ABMと△PMOは相似です。
ここで、対応する相似比が等しいことを使うと、AM:PO=BM:MOとなりますが、ここに分かっている数字を代入してみると、15:PO=25:10となります。左辺を簡単にすると、15:PO=5:2ですから、PO=6が求められました。
ところで、今、縦の長さを20として計算したわけですが、日の丸の定義によると、中心円の直径は縦の5分の3、すなわち12であるはずです。ということは、半径は6。つまり、さきほどの図の点Pはちょうど円の周上にあります!
要するに、日の丸の長方形の頂点から対辺の中点に直線を引くと、それがちょうど円の接線となる、ということです!
もちろん、こんなことは、デタラメに決めたデザインのもとでは起こりません。国連方式では国旗の縦横比は2対3と定められていますが、その比のもとで、唯一このような性質をもつのが日の丸のプロポーションなのです。*1
さて、この接線を左右に2本ずつ引いてみます(図では、BMとCM)。すると、なにやら、遠近法のように見えてきます。点Mが「消失点」と呼ばれる点です。消失点は図を見る人の視点の位置を表す点です。これがちょうど辺上にあるということが重要です。
何もないまったいらな地面に、方眼紙のようなマスが地平線のはてまで描いてあるところを想像してください。このとき、消失点はちょうど地平線の位置にきますね。
日の丸の中心円が小さすぎた場合、消失点は長方形の内部に入ってしまいます。これは、地面の外にある「空」が、旗の中に入ってしまうということです。一方、中心円が大きすぎた場合、消失点が長方形の外に出てしまいます。これは地面が、旗の中に入りきらないということです。
日の丸のようにちょうど消失点が辺上に来ているということは、地面という世界全体を、旗の中に過不足なく描ききっているということになります。国家という、それ自体完結している(ことになっている)世界を描く象徴として、これほど優れた構成はそうはないでしょう。奇跡の意匠です。