宝くじの異常、幅3000kmのボウリング、世界で最も有利なギャンブル

宝くじは極めて不平等な税金です。にもかかわらず、なぜ人々は宝くじを買うのでしょうか。実は、宝くじは世界で最も有利なギャンブルであるとも言えるのです。今日は、宝くじをめぐるあれこれについて考えます。

満腹しきっているときには、私たちは食物に対してあまり関心を示さない。欲求は欠乏の関数である。現代の社会が異常な現象に対してこれほどまでに強い関心を示すということは、私たちがなんらかの意味で異常に飢えているということを意味しているのではなかろうか。「現代は異常の時代だ。」といういい方が一般になされているようであるし、確かにそうに違いないのではあるけれども、その反面において、逆に現代の社会は「正常すぎる」ために異常を求めているのかもしれないのである。

木村敏異常の構造』より

名著『異常の構造』です。非常に示唆に富む文章ですね。私はこの文章を読むと、「宝くじ」のことだなあ、と思います。

大阪商業大学教授の谷岡一郎は、ギャンブル社会学、という凄い専門分野をもっていらっしゃる方です。谷岡によるJGSS研究論文「宝くじは社会的弱者への税金か?」(pdf)は実に面白い論文です。内容を簡単にまとめておきます。

谷岡は、世代、配偶者の有無、持ち家の有無、収入、地位、学歴、コネの有無などの各変数が宝くじの愛好度とどのような関係があるかを重回帰分析にかけました。詳細は略しますが、結論として「人々は「ひとつ上のステイタスを求める」ことを動機として宝くじを買う」、そして、「その「機会がブロックされている」人々の方が、最後の頼みの綱として賞金額の大きな宝くじに賭ける」と述べています。要するに、宝くじは一発あてるために買う、ってことですな。

ここにあるのは、木村敏が『異常の構造』で指摘したのと、まったく同じ構造です。つまり、人生に希望が見いだせない人、すなわち、社会的階層が今の不満足なレベルのままで固定されてしまうと予感した人々が、未来をかき乱すための「異常」を求めて、宝くじを買うのです。宝くじの還元率(出したお金が戻ってくる期待値の割合)は、47%。これは、多くのギャンブルの中で圧倒的に低い数字です。にもかかわらず宝くじが人気なのは、この、社会的階層を変える力が、他の手段で代替できないからなんですね。

ちなみに上記論文からトリビアを一つ。独立戦争の戦費は宝くじでまかなわれ、その1枚目を買ったのは、ジョージ・ワシントンだったとか。

さて、谷岡はさらに「宝くじは形を変えた税金」だと述べています。実際、宝くじの収益の使途を確認してみると、どう見ても税金です。本当にありがとうございました。

ここで、さきほど見たように、宝くじの購入者が社会的弱者に偏っていることを考えあわせると、実はこの「税金」には大きな問題があることが分かります。それは、強烈な「逆進性」です。

普通の税金、例えば、所得税相続税などは、課税額が高くなるほど税率が上がる「累進税」です。金持ちから多くとって貧乏人にまわすことで、富を再配分しているわけです。これに対して、課税額が増えると税負担が減る、つまり、金持ちが有利な税金を「逆進税」といいます。消費税が批判される理由の一つとして、この逆進性があります。われらが共産党も国会でこの問題を鋭く追及しています

ところが、宝くじの逆進性は消費税の比ではありません。共産党は、消費税などをつついているヒマがあるなら、宝くじを糾弾すべきです。谷岡も上記論文中で、「税金を、昇進の遅い者、家を買う余裕のない者、充分な教育を受けなかった者、トラウマの多い者(ハンデの大きい者)たちが払う構図なのである」と書いています。宝くじは社会的な階層差を拡大する装置なのです。

このへんで、宝くじが当たる確率を確認しておきましょう。サマージャンボ宝くじの場合、1ユニット(1000万枚)中に、1等(2億円)1本の割合です。日本人1億2000万人が1枚ずつ買うと、1等が当たるのは12人です。

この宝くじの「当たらなさ」については、さまざまな表現が可能です。1等をあてる確率より宝くじを買った翌日に車にはねられて死ぬ確率のほうが高い、とか。1等をあてるよりモーニング娘になるほうが簡単だ、とか。中でも私が白眉だと思う表現は、東京からフィリピンまでの「幅」(長さじゃないですよ)があるボウリング場の、どこかのレーンのむこうに1本だけピンが立っていて、それを目隠し状態で倒す確率と同じ、というやつです。

このような期待値の低い、しかも、結果になんの関与もできないゲームであるにもかかわらず、人々は宝くじを買い求めます。日本宝くじ協会の「宝くじエピソード」などを見てみると、人々は驚くべきことに「宝くじが当たった理由」を見つけだしていることが分かります。ただ単に時間的に連続しているだけの、まったく無関係であろう2つの出来事に因果関係を「発見」してしまうこの能力は、人間がここまで進化を遂げた大きな原動力なのでありましょうか。

ところで、さきほど私は、宝くじの還元率は多くのギャンブルの中で圧倒的に低い、と書きました。実際、谷岡一郎ツキの法則』には、各種ギャンブルの還元率は、おおよそ、宝くじ46%、競馬75%、ルーレット95%、スロットマシン96%、パチンコ97%、クラップス99%、ブラックジャック96〜102%とあります。ブラックジャックはプレイヤーの技量が反映するので、100%を超えることが可能なんです。

しかし、ここで、「パチンコ97%」という数字が異常に高い気がしませんか? どう考えてもパチンコで破産しているやつのほうが多い気がしまよね。

この謎を解くヒントは、1回のプレイにかかる時間です。そう、パチンコは、ものすごく回転が早いのです。

具体的に計算してみます。1回のゲームが5秒で終わってしまうゲームがあったとしましょう。このゲームの還元率が99.9%だったとします。純粋なギャンブルでこんな高い還元率のものは存在しません。胴元がテラ銭を取るからです。まあ思考実験だと思ってください。

10000円から始めて、このゲームを1回プレイすると、手元に残るお金の期待値は9990円です。この間、5秒。もう1回プレイすると、9980.01円残る計算です。では、このゲームを1時間プレイするといったい元金の何%が残ることになるでしょうか?

答えは、48.66%。これは宝くじの還元率とほとんど同じです! たった1時間ですよ。

平成18年のドリームジャンボ宝くじは、5月15日販売開始、6月13日に抽せんです。およそ30日間楽しめます。まあ、30日間休むことなく宝くじのことを考えて生活するやつはいませんが、例えば、1日10分だけ、1等に当せんしたときのことを想像してニヤニヤする、あるいは家族や親友と夢を語りあう、それぐらいならできるでしょう。ということは、宝くじは10分×30日=5時間は楽しめる娯楽であるということです。

スロットマシンは還元率96%なので、18回プレイすると還元率47.96%になります。スロットマシン18回を5時間かけてプレイする(1回のプレイが約17分)というのは不可能です。

このように考えてみると、還元率47%というのは、実はすさまじくお得であったことが分かります。実は宝くじは、世界で最も有利なギャンブルなのです。

というわけで、宝くじ、なかなか悪くないじゃないですか。うん。

なんだか1回転して元に戻ったというか、結局なんの結論も出ていないわけですが、まあ人生、「どっちを向いているか」よりも「どんだけ回ったか」のほうが大事なのではないでしょうか? 結果よりも過程。宝くじも似たようなものかと思います。