健康飲料コカ・コーラ、コカインは教皇お墨付き、1%の中の神と悪魔

コーラが健康によい、という考えは意外と多くあるようです。実は、コカ・コーラの起源を調べてみると、現代の我々の想像を絶する「健康飲料」だったのです。今日は、愛されるものには神と悪魔が同居しているのではないか、ということについて考えます。

「あの女は?」
 と技師のひとりが英男に聞いた。もう帰ったと答えると、残念そうにカウンターをたたき、
「こいつら、みんな信用しよれへんねん。ホット・コーラを飲む女なんて、お前らのでっちあげやっちゅうて、俺らを笑い者にしよるんやで」
「ここのマスターもぐるになって、そんなしょうもない作り話をするはずがないやろ」
 工場主任は、汗で黒ずんだ作業服のボタンを外し、おしぼりで胸や腋の下をふきながら、社員たちに言った。
「よし、どんな味か、俺がいっぺん試したる」
 ボディビルダーのような体つきの社員が、英男にホット・コーラを注文した。店は、開店して初めて満席になっていた。英男は、何人もの笑い声に囲まれてホット・コーラを作った。

宮本輝真夏の犬』「ホット・コーラ」より

宮本輝の「ホット・コーラ」は、実に謎に満ちた短編です。

とある喫茶店。毎週同じ時刻に来店して、ホット・コーラを注文する女。彼女の視線の先は、道路を隔てた向かいの家の二階の窓です。そこからは、一人の少年を身を乗りだし、ひらがなの書かれた画用紙を一枚一枚かざして、彼女に自分の近況を報告します。「きょうのおかずははんばあぐ」。いったい、少年と女の関係は?

それはさておき、ここには「ホット・コーラ」という耳なれぬ飲み物が登場します。さすが作家の想像力というのは大したもの、こんな架空の飲料をよく思いつくものだ、と感心していたら、なんと「ホットコーラ」という飲み物は本当にあると知って、己の世間の狭さを再認識いたしました。

上記リンク先には、中国人がホットコーラを「風邪に効くドリンクとして愛飲している」との記載があります。実は、「コーラが体によい」という発想は、そんなにめずらしいものではないようで、例えば、メキシコ(1人あたりのコカコーラ消費量世界一の国)では、コカコーラは薬だと思われていて、赤ちゃんにも飲ませるのだそうです。えー。

そういえば、漫画「グラップラー刃牙」には、炭酸抜きコーラを「速攻のエネルギー源」だとして主人公が試合の前に飲むシーンがありました。まあ、この漫画の描写をいちいち真面目に受け取っていると世界観が崩壊しかねないわけですが、ともあれ、このような描写がある種の説得力をもつというのは、コーラのイメージを考える上で興味深いです。

一方で、コーラが体に悪いという話も絶えません。ペットボトル症候群が怖いね、とか言うまともな話ではなく、我々の脳内で増幅されたイメージの話です。いわく、コカインが入っている、骨が溶ける等々。

英単語の「"coca-cola"は世界で2番目に有名な単語だ」と言われることすらあるようです(ちなみに、1位は"OK"だとか)。真偽はともかく、さもありなん、という感じでしょうか。これほどメジャーな飲み物のイメージに、善悪の二面性があるのは興味深いところです。

ところで、そもそも「コーラ」とは何なのでしょうか? 「コーラ白書」というサイトによりますと、「コーラの定義はない」のだそうです。しょうがないので、このサイトでは「常温常圧で液体」「飲料として消費される」「名称もしくはパッケージに『コーラ』またはそれに準じる記載がある」という3点を「コーラ」としています。ワインの銘柄に「アグリコーラ」というメーカー名の入ったものがありますけど、どうでもいいですな。

このような定義が成立するのは、「コーラ」が商標ではなく、どの会社が使ってもいいからです。そういえば、1年ほど前に「無炭酸コーラ乳酸菌飲料」などというブツも販売されていました。更新ネタに困っていたブログのために登場したとしか思えない飲み物でしたが、今ごろどこでどうしているんでしょうか。

私はてっきり、「コーラ」というのは、カップヌードルとかサインペンとかサランラップとかセロテープとかデジカメとか万歩計とかと同じ、いわゆる「一般化された商標」かと思っていましたが、違ったのでした。

さて、コーラ全部の話だとまとまりがないので、以下「コカ・コーラ」について考えていくことにします。「コカ・コーラ」の語源は、「コカ」と「コーラ」に分けられまして、「コカ」はコカイン、「コーラ」はコラの実をその由来とします。

コカインは、言うまでもなく麻薬のコカインです。コラの実は、カカオなどと同じアオギリ科の植物・コラノキの実です。カフェインを含み、西アフリカなどで精神賦活剤として古くから使われていたものです。

コーラの原型とされるのは、1884年アメリカの薬剤師ペンバートンの開発した「フレンチ・ワイン・コカ」です。これにコカインとコカの実が入っていたことから、「コカ・コーラ」という名称になったといいます。「コカ・コーラにはコカインが入っている」というのは、都市伝説にはめずらしく、ちゃんとした根拠があるのです。

当時のコカ・コーラは名前に「ワイン」とある通り、アルコールを含んでいました。お酒だったんです。もちろん今のコカ・コーラには、アルコールは入っていません。さらに、コカインは当然として、コカの実の成分も今では入っていないそうです。

ペンバートンは、この最初のコーラを、精力増強や頭痛、消化不良などに効く万能薬として売り出しました。コーラは最初、薬だったんですね。実は誕生当初から、コーラは健康飲料なのでした。ちなみに、ペプシ・コーラは、タンパク質分解酵素の「ペプシン」を語源とし、消化不良の薬として販売されたのが起源です。

ところで、「フレンチ・ワイン・コカ」という名前に「フレンチ」とあるのはなぜでしょうか? これは、ペンバートンの「フレンチ・ワイン・コカ」が、1863年に開発され、ヨーロッパで大流行していた「ヴァン・マリアニ」(「ヴァン」はワインの意味)というお酒のパチモンとして開発されたからです。ヴァン・マリアニは、ボルドーワインに、当時抽出技術が開発されたばかりのコカインを溶かしこんだものでした。

しかし、現代人の目から見ると、これらコカ・コーラの御先祖たちは、とてつもない飲みものです。アルコールにコカインが溶かしてあるのですから。

アルコールとコカインを併用すると、コカインの体内残留時間が延びるらしいのですが、そんなモン飲んで平気なのか、と心配になります。実際、コカとアルコールを併用してバッドトリップになった人の体験談などを読みますと、「心臓が高速鼓動してやけに冷や汗がでて」などとあり、思いっきり命の危険を感じます。

シャーロック・ホームズが活動を始めるのは、1870年頃からです。ホームズ作品中に、ワトソンがホームズの麻薬中毒を諌める描写があるのを記憶している方も多いのではないでしょうか。コカインが、その当時から「不健康」であるとの認識は確かにあったのです。

ところが、このヴァン・マリアニもまた、万能薬として販売されたのでした。その効能は「鎮痛作用」「滋養強壮」「美声」「消化促進」「体力増強」「伝染病予防」……。

実際、このワインの愛飲者たるや、そうそうたる面子でありまして、「発明家トマス・エジソン、SF作家ジュール・ベルヌ、文豪ゾラ、イプセン」、女優サラ・ベルナール米大統領マッキンレー、イギリスのビクトリア女王などがいたそうです。

私が驚愕したのは、当時のローマ教皇レオ13世が、このコカイン入りワインの広告に登場していたことです。いやもう、ここまで常識というのが変化するものであるのなら、ある時代に縛られた己の狭窄な視野でものごとに判断下すのが馬鹿馬鹿しくなってきます。

しかし、このコカ・コーラの歴史から、あえて何がしか普遍的なものを抽出するのだとしたら、それは、熱狂的に愛されるものは毒にも薬にもなるものである、ということでしょうか。愛されるものは必ず二面性をもつ。

コカ・コーラには一種の「神秘性」があります。コカ・コーラが製法をかたくなに秘密にしていることは有名です。実際、コカ・コーラは製法を公開したくないために、特許をとっていないそうです。その神秘性は、コカ・コーラのイメージを善と悪の両極端に増幅しています。

いまや全世界で1日9億本が消費されるというこの黒い液体。その99%は、ただの砂糖と水でできています。しかし、残りの1%、我々を魅了してやまぬ、その1%には、どうやら、神と悪魔が同居しているようです。