流れ寄る椰子の実一つ、漂着する神様、「不具」は「福」なり

島崎藤村の「椰子の実」は有名です。日本にはどんな漂着物が流れ着き、それらはどのように受け入れてきたのでしょうか。今日は、ソトの世界からやってくるものが私たちを豊かにしてくれる可能性について考えます。

  椰子やしの実  島崎藤村

名も知らぬ遠き島より
流れ寄る椰子の実一つ

故郷の岸を離れて
なれはそも波に幾月いくつき

もとの樹は生ひや茂れる
枝はなほ陰をやなせる

われもまた渚を枕
ひとり身の浮寝の旅ぞ

実をとりて胸にあつれば
新たなり流離のうれひ

海の日の沈むを見れば
たぎり落つ異郷の涙

思ひやる八重の汐々しおじお
いづれの日にか国に帰らん

この「椰子の実」は、民俗学者柳田国男渥美半島で椰子の実を拾ったエピソードをもとに、島崎藤村が作った童謡です。大中寅二によるしみじみとしたメロディ(リンク先、音出ます)とあいまって、一人海を漂う椰子の実は、ひどく叙情的なイメージを醸すことになりました。まあ、しかし、椰子の実ってのは要するにココナッツのことでありまして、ものは言いようという感じです。「♪流れ寄るココナッツ一つ」だったら、パーカッションのリズムが聞こえてきそうですし、ココナッツ娘が「椰子の実娘」だったら、どうあがいても人気は出なかったことでしょう。

ところで、Wikipediaのココヤシの項を見ると、この木は高さが30mになることもあるそうです。椰子の実の重さはよく分かりませんが、1kgを超えることは確実らしい。30mを自由落下するのにかかる時間は約2.5秒。そのときの速度はおよそ秒速24mで、重さが1kgだとすれば運動量は24kg・m/s。これは野球のボール(140g)を時速160kmで投げたときの運動量6.2kg・m/sの4倍近い衝撃です。ほとんど殺人兵器です。

柳田国男は、この椰子の実をヒントにして、はるか昔に南の島から日本に文化が伝播したという仮説を『海上の道』を書きました。現代では、この仮説はほぼ否定されているようですが、実にロマンあふるる話です。日本は、海岸線の長さがロシア、オーストラリアに次ぐ世界3位の海洋大国ですし、遠つ国からの贈り物に思いをはせるのは悪くありせん。

海岸に流れつくのは椰子の実ばかりではありません。ここで颯爽と漂着物の紹介をする予定だったのですが、漂着物学会(Japan Driftological Society)というステキすぎるサイトがあるので、詳細はそちらに委ねます。しかし、手榴弾まで漂着するとは物騒なことですな。

このサイトのWeb漂着物事典から私のお気に入りを挙げるとすれば、「日用品」のカテゴリーの中のミッキーマウスのお面でしょうか。ていうか「ミッキーが漂着」という文字の並びがイヤすぎます。ところで、この写真のミッキーのツラになんかすげえ違和感を覚えまして、しばしその理由を考えたんですが、「我々はミッキーを正面から見ることはあまりない」、という結論に達しました。スネオヘアーみたいなものでしょうか。あと、ミッキーのお面は「日用品」ではないと思います。

このようなソトの世界からやってくるものへの関心、興味、憧れ、畏敬の思いは古くからあったようです。漂着物を神様として信仰することすらあります。日本を創世した兄妹神であるイザナギイザナミとのあいだに最初に生まれた子「ヒルコ」は、不具の子であり、葦の舟で流されたとされます。このヒルコが流れ着く、と考えられたのです。実に哀れを誘う話でして、島崎藤村の「いづれの日にか国に帰らん」という言葉は、ヒルコのために使いたくなります。

このヒルコ信仰とは別に、日本には「福子信仰」というのもありました。これは、障碍をもって生まれた子は、その家を豊かにしてくれるという信仰です。「不具」は「福」なりというわけです。

海のむこうからやってくるものは、殺人兵器だったり、神様だったり、スネオヘアーみたいなものだったりします。それが「ゴミ」であるか「福」であるかは、受け取る我々の問題です。

何でもそうですが、経験を積み、努力を重ね、蓄積ができてくると、もうこれで十分だという感覚が出てきます。変える必要性を感じなくなってくるわけです。そういうところから、さらなる進化を遂げるためには、ソトからやってくる「漂着する福」に対して敏感であることは大事なことなのではないかと思います。