「完全食品」はあるか、人間の不安と願い、おまじないの力

それさえ食べていれば生きていける食品、「完全食品」というものはあるんでしょうか? 今日は「完全食品」を探求する中で、結局何食ってもいいんじゃね? という話、そして人間の心の力について考えます。

 殻の強い、黄味の色のいい卵を生ませる工夫はいろいろある。牡蠣殻を細かく砕いて与えるのもそのひとつで、大きな切り石の上に並べた牡蠣殻を、重石おもしや金槌で根気よく砕いてやる。記憶をたどってみると、いまは「完全配合飼料」とよぶらしいけれど、あの頃すでに「完全飼料」なる名前の餌があって、これと水さえ与えておけば栄養は充分といわれていたのに、父と母も、青菜と牡蠣殻を食べていない鶏の卵など、というところがあったので、わが家の菜切包丁なっきりぼうちょうは連日重用されていた。その当時の私は、まだ「完全飼料」の意味もよくわからないまま、符号のように「カンゼンシリョウダケデハエイヨウフリョウニナル」などと知ったふうなことをうそぶいていたが、そうした名づけひとつにも、人間の不安と願いをみる年齢になると、誰がつけたのかも知らない「完全飼料」という名に対してさえ、何とはなしの人なつかしさをおぼえてしまう。

竹西寛子ものに逢える日』より

この文章には鶏のための「完全飼料」が出てきます。では、人間には「完全食品」があるのか? これが今日のテーマです。

「牛乳」や「卵」は完全に近い食品です。これは、そこにある栄養素だけで、子牛やヒヨコを育てる必要があるからです。しかし、牛乳も卵も残念ながら、ビタミンCが足りません。牛乳はさらに鉄分も足りないため、牛乳を大量に飲むと貧血(牛乳貧血)になります。

人間以外のほとんどの生物はビタミンCを体内合成できます。人間は進化の過程で、生存に不可欠な栄養素をつくる酵素が失活させたわけですが、これは人類の始祖たちの暮らす環境に果物などビタミンCを含む食物が豊富にあったため、淘汰圧がかからなかったからだと言われます。進化は環境に合わせて最適化されており、生物と環境は一体だという格好の例です。

自然食品には完全食品はなさそうですが、人工的に合成された食品なら完全食品と言えるものがあるようです。クローン病(炎症性腸疾患)の患者さんは、普通の食事が摂れなくなるので長期に渡って流動食だけで暮らすようですし、生まれてから7年間、流動食で暮らす少女もいるとか。ちなみに、クローン病用の流動食はドリアンより不味いそうです。

今のサプリメントは本当にいろいろな栄養素が入っています。例えば、「NSI Synergy Platinum」という商品は、30日分で280ドルというアホみたいな値段ですが、含有栄養素87種類というとんでないことになってます。ビタミンB12含有量が2mgというのが凄まじい。日本の厚生省が出している成人所要量は2.4μgですよ!? 何が凄いの?と思った人は単位をよく見てください。μgマイクログラムmgミリグラムの1000分の1です。ですから、このサプリに含まれるビタミンB12は、日本の公式所要量の833倍です。まあビタミンB12は水溶性ですから害はないんでしょうけど。まさに竹西寛子の書いた「不安と願い」の発露そのものですねえ。

しかし、サプリの値段というのは謎です。例えば、大塚製薬のネイチャーメイドのビタミンB12は、含有量4mgで571円。1mgあたり143円です。さっきのサプリは、あれだけどかどか入っていたのにビタミンB12だけで見ても1mgあたり4.7ドル(1ドル115円として541円)。薬九層倍くすりくそうばいというやつでしょうか。

もっともサプリだけでは、三大栄養素たんぱく質、脂質、炭水化物)が足りませんが、流動食だけでも人間は生きていけるようです。お医者さんも「エンシュアリキッド(流動食)やカロリーメイトだけで、何年も生きていくことは可能です。 」と言っています。考えてみたら、野生の動物なんてもの凄い偏食ですしね。コアラなんてユーカリしか食いません。水すら飲まないそうですよ。

うーむ、書き始める前は、「バランスよく食うのが大切だ」という結論にもっていく予定だったんですけどねえ。まあ、さすがにカロリーメイトだけ、というのはヤバそうですが。トランス脂肪酸でボケたくないしなあ。

それにしてもあるある大辞典など見ていると、もうほとんどすべての食品になんらかの効能があるような気がしてきます。例えば、この「今日の健康食べ物」というサイトには266個の食品が「健康食品」として掲載されていますが、もうこうなってくると体に悪いものを教えてもらったほうが早いような気がします。

どうも、人間なんてものは、よほど変な食い方をしない限り、だいたい何食ってても大丈夫なのではないかと思います。

ホメオパシーという、いわゆる代替医療があります。ホメオパシーでは、レメディと呼ばれる療剤を希釈して患者に投与します。「希釈」と書きましたが、生半可な希釈ではありません。最もよく使われるのは100倍希釈を30回繰り返したものです。ってことは、元の療剤の成分は1000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000分の1になるってことです。アボガドロ定数(1モル中の分子量)ですら約602213670000000000000000000000000000000000000個ですから、これは「薄い」とかいうレベルではありません。しかし、ホメオパシーGoogleで9,080,000件もヒットすることからも分かるように、けっこう普及しているわけです。

要するに人間、効くんだ、と思えば効くってことです。

催眠状態の人間に、「これは真っ赤に焼けた鉄です」と言って常温の金属を押しあてると、水ぶくれをつくることができるそうです。また、何年も悩まされたイボ(尋常性疣贅)が暗示の力で落ちることもあります。特に子供だと「イボイボ無くなれ」のおまじないでイボが落ちることがあるそうです。

ということは、食事に関しても同様で、「これは健康にいい食材だ」と信じて食えば、何を食ってもかまわないのかもしれません。みのもんたに騙されやすそうなおばさまが最も元気そうですし。根源的な理由などない、という点において、やはり生の基本は愛なのかもしれません。竹西寛子が「完全飼料」という名づけに「何とはなしの人なつかしさをおぼえてしまう」と書いたのも、よく分かる気がします。