あの玉はどのへんが金なのか、金玉娘と金玉姫、金玉は金の玉より重し

というわけで「金玉」の話です! さっそくドン引きしてる皆さんの顔が目に浮かぶようですが、なあに、心配いりません。すぐに慣れます。キンタマー! 今日は、「金玉」という言葉のあれこれについて考えます。

 春の歌   草野 心平

   かえるは冬のあいだは土の中にいて
   春になると地上に出てきます。
   そのはじめての日のうた。

ほっ まぶしいな。
ほっ うれしいな。
みずはつるつる。
かぜはそよそよ。
ケルルン クック。
ああいいにおいだ。
ケルルン クック。
ほっ いぬのふぐりがさいている。
ほっ おおきなくもがうごいてくる。
ケルルン クック。
ケルルン クック。

有名な草野心平「春の歌」です。教科書で読んだ人も多いでしょう。

ここに登場する「いぬのふぐり」は、とてもかわいらしい花です。特にオオイヌノフグリは、青紫色のたいそう可憐な花でして、「瑠璃唐草るりからくさ」「星の瞳」などの別名があります。

しかし、「名前」とは実に残酷なものであります。たいてい本人の知らぬうちに勝手につけられるものだけに、その意味に気づいたときの衝撃もまた大きいものです。この気持ち、近藤睦月むつき君なら、きっと分かってくれるに違いない。

とうわけで、この「ふぐり」が、睾丸こうがん、いわゆる「キンタマ」の古名であることは、よく知られております。古くは、平安中期(930年頃)に編纂された辞書『和名抄』に「陰嚢いんのう俗云 布久利」とあり、1000年以上の歴史をもつ言葉です。広辞苑によれば「ふぐり」は「ふくろ」と同源の言葉のようです。

ちなみに、「松ぼっくり」は「松ふぐり」の転であるという説があります。漢字で書くと「松陰嚢」です。さらにちなむと、アボカドの語源も睾丸の意味というのも有名です。ついでですので、もう一つ追加しますが、蘭は英語でorchidですが、この言葉の語源はギリシア語で睾丸を意味するorchisらしいです。根の形が似ているからだそうです。

「陰嚢」の「嚢」というのは袋の意味ですから、これは「ふぐり」と同じものの見方をしていると言えます。では、「睾丸」は? 『漢字源』には、「睾」は「正しくは皐と書く。のち誤って睾となった」という、面白いことが書いてあります。てことは、「皐月さつき(五月の異名)」は、タマタマの月だからMayなんでしょうか? く、くだらねえ。

さて、よく分からないのは「金玉」という言葉です。

この言葉はちょっと口に出すのがはばかられる言葉ですね。2ヶ月ほど前に、北朝鮮金正日総書記が新しい奥さんをもらいましたが、その人の名前が「金玉」でした。この「金玉」を新聞各社がどう表記したかを見ると、各紙バラバラであったようです。日経にいたっては「金オク」などという謎の交ぜ書き表記でした。なお、「金玉姫」という名前は、あちらでは別にめずらしくもない名前のようです。

「金玉」は、「陰嚢」「ふぐり」「へのこ」などに比べて、はるかに新しい言葉のようです。実際、古文で「金玉」とあったら、それは「キンギョク」と読むのが普通で、金や宝玉などの価値あるものを表します。ちょっと例を見ましょう。

藤原公任きんとう(966-1041)が撰者をつとめた歌集に『金玉集』があります。「キンタマ集」ではありません。

徒然草』の第三十九段は、財産が多ければいいってもんでもないよ、と戒める段ですが、そこには「大きなる車、肥えたる馬、金玉のかざりも、 こゝろあらん人は、うたておろかなりとぞ見るべき。」とあります。これを「キンタマのかざり」と読んで、想像力がぐるぐる回るのはお約束です。リ、リボンとか?

明治になっても、この「金玉きんぎょく」はしばしば登場します。「彼等の親たちの大多数は無学でした。……ですから、文字を有難がることは金玉のようです。」(中里介山大菩薩峠」)という具合です。幸徳秋水中江兆民の文章を「金玉文学」と賞賛しました。また、尾崎紅葉は、当時「金玉出版社」という出版社があったことを書き残しています。

「金玉」が睾丸の意味で使われた例としては、江戸時代末期に書かれた『見世物雑誌』に、「金玉娘」という両性具有ふたなりの記述があります。顔格好は女性ですが、男根があったのだとか。「右金玉の下に玉門あり」と『見世物雑誌』は書いています。

この「キンタマ」の語源には諸説ありまして、決定版はないようです。最も面白いのは阿刀田高が著書『ことばの博物館』で述べている説です。いわく、「キンタマ」はかつて「キノタマ」であり、それは「の玉」の意味である。「御神酒おみき」という言葉で分かるように、「酒」は「き」と読んだのである。では、なぜ酒なのかというと、当時の酒はドブロクで、白くてドロドロしており、それがキンタマの中に入っている例のアレと、ほら、よく似ているではないか。

大変面白い説ですが、資料的裏付けがないのが残念です。どなたか睾丸の意味で「酒の玉」を使っている例をご存じの方はお知らせください。

ネットで調べたところ、他にも、「生き玉」がなまったものだ、とか、「気溜まり」が変化したのだ、とか、はては、ぶつけると「きーん」と痛むから「きん玉」だ、とか、いろいろな説がありました。「睾丸の話」という素晴らしいページによれば、「広辞苑」の編者・新村出しんむらいずるは、「キモダマ」から「キンタマ」になったのではないかと推測しているそうです。

「金色に光るから金玉だ」ということであれば、夜道とかで便利そうですが、どうやら、そういうわけではなさそうです。ちなみに陰嚢を解剖して精巣そのものを取り出すと、白い色をしているのだとか。

ところで、「金のように価値があるから金玉だ」という説にはそれなりの説得力がありますが、私としてはこの説明には反論したいところです。以下、その根拠を書きましょう。

精巣の大きさには個人差(というか時期による差?)があると思いますが、上記「睾丸の話」によれば、「縦4センチ、横3センチ、厚さ2センチ」とのこと。どっちが「縦」なんだろう? という疑問が浮かびますが、まあ、こんなものでしょうか。だとすれば、体積は24立方cmです。

最近の金相場は1g=2500円前後であるようです。金の比重は水の19.3倍ですから、ここから単純に「精巣がすべて純金だったら」という計算をすると、24×19.3×2500=115万8000円です。左右2つで250万といったところでしょう。

では、250万あげますんでキンタマ潰していいですか? と聞かれたら、これはほとんど全男性が否と答えるのではないでしょうか? 要するに、金玉は金より価値がある。

ちなみに、Wikipediaの「金玉潰し」の項は、私が知る限り、Wikipediaで最も読むのがつらい文章です。なんか文字を追ってるだけで、いやーな汗が出てきます。女性には分からないかもしれませぬ。

せっかくなので、宦官の去勢手術がどのように行われたかを解説しているサイトも紹介しておきます。去勢手術においては、感染症に注意するだけでなく、尿道の確保もなかなか大変だったようです。なんか、もう読んでるだけで、「うわあああ(AA略)」っつう気分になります。

ともかく、金玉のほうが、金の玉よりはるかに価値があると、私は言いたい!

ところで、スペースアルクGoogleが採用している英語辞書)で"golden balls"を検索してみると、なかなか衝撃を受けます。なんと「金色の三つ玉」と説明が出るのです。なに、どういうこと? もしかして、ふつうの人は3つあんのか!?

プログレッシブ英和中辞典』によれば、「金色の3つ玉」とは「質屋の看板」のことである、との記載があります。調べてみると、サンタクロースとの関連で有名な聖ニコラウスが、貧窮していた三人の娘に3個の黄金の玉を送って助けた、というエピソードから、欧州では質屋の看板として「金色の3つ玉」が使われているのだそうです。

はあ、3人娘でよかったですね。これが2人だったら、あらぬ誤解をまねきそうです。「そこのお嬢ちゃんたち、お金がないのかい。よーし、おじさんが、この2つの金の玉で助けてあげよう!」 うん、聖ニコラウス、間違いなくただの変態です。

つうことで、今日の話題は、成人式もとうに過ぎた男が休日使って書いた文章とは思えない内容ですな。なんだか自己嫌悪に落ちたところで、筆を置くことにいたします。