ブラックジャック、体内時計、内なる野生

 それでは、このリズムを生みだすもとになっているのは何だろうか。それは、リズムに従って行動するよう体の中で正確な時を刻む「時計」があるからである。体内にある時計なので、これを「体内時計」という。体内時計が動物に行動のリズムを指示する。だが、この体内時計のリズムにはまだもとがある。それは主に自然界の光の量の変化である。

小出五郎『』より

手塚治虫ブラックジャック』にそのものずばりのエピソードがあります。廃坑の中に閉じ込められたブラックジャックたち。生還する唯一の方法は、毎朝決まった時間に近くの道を通る人に大声で助けを呼ぶこと。しかし、灯りのない洞窟内では時計を見ることもできません。そんな中、さっさと寝てしまうブラックジャック。そして翌朝、見事どんぴしゃの時間に目を覚ますのです。サブタイトルは「闇時計」。

掘忠雄『快適睡眠のすすめ』に、あらかじめ決められた時間に意図的に起きる実験(自己覚醒実験)が紹介されています。その実験によれば、設定時刻より±40分以内に起きられたケースが86%、±10分以内に限っても36%という高い確率です。人間はかなり正確な体内時計をもっているようです。

人間にとって最も基本的なリズムは、もちろん1日24時間のリズムです。これはサーカディアンリズムと呼ばれます。「サーカ(circa)」は「およそ」、「ディアン(dian)」は「日」の意味です。「およそ」なのは、人間を含む昼行性の動物のサーカディアンリズムが24時間ではなく、およそ24.8時間であるからです。

この24.8時間周期は、月の動きと関係があるという説があります。月は地球が自転するのと同じ方向に、地球のまわりを公転しています。ということは、地球が一回転して元の場所に戻ったとき、月は少し先に進んでいるわけです。このことから、地球から見て「月が元の場所に戻るまでの時間」は、24時間より少しだけ長くなります。それは24.8時間に近い数字で、人間は今でもこの月の動きと同調しているというわけです。

この説には、満月の夜に一斉に産卵するサンゴの話などに通ずる神秘さがあります。とはいえ、月 - Wikipediaによると、月の重力は蚊一匹分に過ぎないそうですし、ほとんどの人間はもはや潮の満ち引きと同調して暮らしているわけでもありません。自殺・交通事故・犯罪・入院などと、月齢には、統計的に有意な関係は見出せないそうです。ですから、24.8時間が有利な理由は別にあるのでしょう。

ふつうの生物は、周囲の安全を確認してから寝るはずです。したがって、「寝る時間になったけどヤバいから寝ちゃいけない」という状況のほうが、「起きる時間になっていないけどヤバいから起きなきゃいけない」という状況よりも多くなりそうです。したがって、サーカディアンリズムは24時間より長いほうが有利です。しかし、あまりズレが激しいと調整するのが大変です。おそらく24.8時間というのは、進化上、最も生存に有利なように厳密に調整がなされた数値であるはずです。

もっとも、猛獣に脅かされる原始人ならいざ知らず、現代に生きる我々はさっさと寝て翌朝仕事をしてもいいわけで、このリズムのズレはむしろ邪魔であるのかもしれません。甘いものと脂っこいものを美味しく感じることは、原始人にとっては高栄養食品を選択的に摂れるメリットがありますが、現代人には肥満の危険因子です。血液がベトベトしていることは原始人には出血時の止血を早めて有利ですが、現代人には、動脈硬化脳梗塞の危険があります。内なる野生を飼い慣らすのは大変です。

この24.8時間リズムを24時間に戻しているものは、前掲した『快適睡眠のすすめ』によると、光と食事だそうです。目が覚めてから3〜4時間以内に2500ルクス以上の光を浴びることで、体内時計はリセットされます。自然光であれば、雨の日の窓際でも5000ルクスぐらいあるそうですが、一般的な人工照明では500ルクス程度しかないことも多いそうで、現代人の多くは日光不足で生活リズムが崩れやすいのだとか。

私のリズムもゴールデンウィークでぐだぐだですが、お日さま浴びてしゃきっとしてきます。