日本人の語彙量は減っているか、語彙推定テスト、ハリネズミのハリ

言葉の量、語彙力の低下がつとにささやかれていますが、実際のところ、日本人の語彙量はどうなっているのでしょうか。今日は、ネットの資料をもとに語彙量について、とりとめなく考えます。

 語彙が多いとか少ないとかいうけれど、人間はどのくらいの言葉を使うものなのか。
 例えば新聞や雑誌に使われている単語は、年間およそ三万語といわれています。しかし、その五〇〜六〇パーセントは、年間に使われる回数はとても少ない。つまり、半分の単語は新聞・雑誌で一年に二度とお目にかかることがない。
 ちょっと古いけれど、昭和三〇年代の調査では、高校の上級生が三万語の語彙をもっていたという調査結果があります。今は大学生でも語彙は平均一万五〇〇〇か二万くらいに落ちているのではないかと思います。読書量がものすごく減っていますから。
 生活していく上で間にあうという数でいえば、三〇〇〇語あれば間にあう。大体は生きていられる。これが、いわゆる基本語です。では、三〇〇〇語知っていればいいか。言語生活がよく営めるには、三〇〇〇では間にあわない。三万から五万の単語の約半分は、実のところは新聞でも一年に一度しか使われない。一生に一度しかお目にかからないかもしれない。しかし、その一年に一度、一生に一度しか出あわないような単語が、ここというときに適切に使えるかどうか。使えて初めて、良い言語生活が営めるのです。そこが大事です。語彙を七万も一〇万ももっていたって使われる回数はとても少ない、あるいは一生で一度で使わないかもしれない。だからいらないのではなくて、その一回のために単語をたくわえていること。
大野晋日本語練習帳

語彙の話です。

大野晋は「今は大学生でも語彙は平均一万五〇〇〇か二万くらいに落ちているのではないかと思います」と書きます。「思います」というところがひっかかりますね。これについてのデータがほしいです。

「日本人の語彙量が低下している」というネタはよく新聞を賑わせています。しかし、そのほとんどは、特定の語彙についての「誤用」を問題にするもので、総合的な語彙量の調査というのは意外とないようです。

最近のニュースだと、2005年6月10日の毎日新聞私大生の19%は語彙が「中学生並み」」があります。独立行政法人メディア教育開発センターの小野博教授の調査です。この記事の詳細を検索したのですが出てきませんでした。「日本語力テストの開発」というアブストラクトが発見できたのみです。残念。

正直、この記事内容だけから、語彙力が落ちているという結論を性急に出すことはできません。調査対象となった大学が前回調査と同じ大学かすら書いてありません。それに原理的なことを言えば、同一のテストを使って語彙力の変化を計ることが可能か?という問題もあります。例えば、このテストの「代表的な例題」として「嫡流」(高3レベル)が別記事で紹介されていましたが、こんなもんイエ意識の解体とともに風化していく言葉に決まってます。極端な話をすれば、流行語はその当時の「基礎語彙」でしょうが、今それを知らないことが語彙力の低下とは言えません。「オシンドローム」(1984年の流行語大賞・金賞)などいったい何人が憶えているというのか。

というか、独立行政法人メディア教育開発センターの小野博教授には、語彙力の低下についてかなり恣意的な情報をマスコミに流したらしき前科があるので、うかつに信用できません。詳しくはリンク先参照の方向で。

平成18年4月25日に行われた決算行政監視委員会で、民主党森本哲生議員が、「日本人の日本語能力の問題」について、「語彙がどんどん乏しくなっていくのもむべなるかな」と述べたのに対し、文化庁次長の加茂川幸夫氏が「日本人の語彙力について、その低下を明確に示す、またはあらわすデータは現在のところ入手できていないわけでございます。」と答弁しています。もっとも、にもかかわらず、「日本人の語彙量は落ちている」という前提で話は進んでいったわけですが。

なお大野晋は「読書量がものすごく減っていますから」と書いています。テレビ、ネット、ケータイと、情報源が多様化した現代において、読書量が減るのは当然――と言いたいところですが、毎日新聞読書世論調査によると、読書率はここ50年間ではっきり増加傾向あり、読書数についてもここ15年のデータでは変化はありません(ソースは慶應義塾大学の学生によるレポート(pdf))。

「語彙」で検索してGoogleのトップに来るのが「語彙推定テスト」です。私も、やってみました。64600語、55200語、56100語となりました。ウェブ日記でよくあったネタですな。反応が6年以上遅いわけですが。

このテストに使われている単語を転記しておきます。なおカッコ内はGoogleでその単語を検索したときのヒット数。単純に検索するとこの語彙推定テストの話題がひっかかるので、「-"語彙推定テスト" -"語彙数推定テスト"」オプションをつけています。【A〜B万語】というのは、1番目の単語からその単語までをすべてチェックしても、語彙量B万語に到達しないという意味です。

テスト1

  • 【0〜1万語】 チャンピオン(13700000)、祝日(40500000)、爆発(4430000)、ライン(16100000)、さつま芋(569000)、毒ガス(922000)、枝豆(2100000)、過ごす(5360000)、朝風呂(574000)、そもそも(31000000)、見極める(2140000)
  • 【1〜2万語】 あべこべ(166000)、本題(5030000)、エンゲル係数(363000)、泊まり込む(22000)、預け入れる(35700)、言い直す(98600)、たしなみ(495000)、英文学(572000)、はまり役(383000)、ごろ合わせ(14300)
  • 【2〜3万語】 労力(1800000)、忍ばせる(81300)、勃発(2810000)、宿無し(101000)、目白押し(2600000)、請負い(79000)、塗り箸(29300)、気丈さ(20800)
  • 【3〜4万語】 茶番(387000)、大腿骨(415000)、術中(523000)、泌尿器(6570000)、血税(412000)、悶着(332000)
  • 【4〜5万語】 腰元(116000)、裾模様(25400)、旗竿(71600)、かんじき(129000)
  • 【5〜6万語】 百葉箱(69500)、迂曲(841)、告諭(878)、辻番(727)、ライニング(569000)
  • 【6万語以上】 輪タク(27800)、懸軍(415)、陣鐘(426)、泥濘(110000)、パララックス(64500)、頑冥不霊(57)、

テスト2

  • 【0〜1万語】 アレルギー(19200000)、夫(41200000)、食生活(8860000)、冷える(1480000)、無責任(4620000)、黒板(2530000)、実物大(737000)、玄米(6810000)、本心(1930000)、混浴(1500000)、バウンド(1830000)
  • 【1〜2万語】 富(14300000)、ブルマー(3640000)、知恵の輪(402000)、強烈さ(122000)、不用心(61200)、湯たんぽ(457000)、気掛かり(290000)、天然色(484000)、書き記す(206000)、ノアの方舟(88600)
  • 【2〜3万語】 波しぶき(140000)、企てる(360000)、勃発(2810000)、存じ上げる(10300)、山越え(386000)、古びる(28600)、興ざめる(623)、針供養(65400)
  • 【3〜4万語】 かっちり(398000)、仰々しさ(18200)、港湾(3890000)、モラリスト(85000)、あばら屋(33200)、耳新しさ(241)
  • 【4〜5万語】 土付かず(603)、切磋(32300)、丸まっちい(220)、無体さ(143)
  • 【5〜6万語】 、のしあわび(476)、陸半球(557)、道化方(99)、自小作(328)、糸道(936)
  • 【6万語以上】 皇大神宮(73400)、道芝(925)、藻塩(136000)、労音(40700)、身体装検器(90700)、蜀江の錦(70)

テスト3

  • 【0〜1万語】 楽しみ(21200000)、ボディー(10800000)、色々(94700000)、始発(1950000)、シーソー(751000)、定期預金(2300000)、黒こしょう(169000)、ややこしい(3060000)、なにしろ(3690000)、色男(440000)、手間(21500000)
  • 【1〜2万語】 接点(4550000)、全速力(575000)、模範(2380000)、蓄積(6520000)、運搬(5390000)、引き止める(250000)、いずこ(499000)、引き離す(363000)、のたれ死に(21700)、大それた(522000)
  • 【2〜3万語】 言い渡す(199000)、上げ下ろし(148000)、入り江(431000)、プラント(7340000)、スパンコール(1690000)、事務次官(945000)、国民体育大会(982000)、置き所(82100)
  • 【3〜4万語】 コロニー(1380000)、お召し替え(13700)、長らえる(15200)、茶の湯(592000)、腹帯(244000)、うらぶれる(355)
  • 【4〜5万語】 坂東(1940000)、寺子(57300)、鳩派(591)、変光星(94800)
  • 【5〜6万語】 辻説法(97300)、夜の目(702)、戸車(47700)、縞物(708)、頻々(29400)
  • 【6万語以上】 庶流(24300)、累世(510)、ズルチン(829)、御璽(27900)、陪従(749)、さしったり(13)

これを見る限り、大学生の語彙量が2万を切るというのは、相当危機的なレベルなわけで、平均レベルがそこまで下がるようであれば、亡国でしょう。むしろ、3万単語でも少ないような気がします。まあ、調査の仕方が違うのでしょうから、数字にこだわっても意味はないわけですが。

しかし、何をもって「その言葉を知っている」とするかは難しい問題ですな。「その言葉の意味を簡単に説明できる」という定義だと、「そもそも」とか「なにしろ」とかで困ってしまいますし。「簡単な文がつくれる」だと、「身体装検器」など聞いたこともなかった私でも「彼は身体装検器を取り出した」とか適当な文章が作れますしねえ。

今日はとくに結論もなく終わりますが、最後に一つ。「語彙」の「彙」の字の訓読みは「はりねずみ」です。「語彙」は、語がはりねずみのハリのように集まっている様子を表しているわけです。このハリネズミのハリの本数ですが、約5000本だそうです。