あと何回満月を眺めるか、東京には空がない、20分の1の満月

映画『シェルタリング・スカイ』に、こんな台詞が出てきます。「あと何回満月を眺めるか? せいぜい20回だろう。」 いったい我々は、死ぬまでにあと何回ぐらい満月を見ることができるのでしょうか? 今日は、我々に与えられた時間の短さについて考えます。

「キキ、くどいようだけど、町はよく選んでちょうだいよ。それに、町に着いたらおどおどしちゃだめよ。なるべく笑い顔でね。まず町の人に安心してもらうことよ。」
「わかったわ、かあさん。あたし、だいじょうぶよ。心配しないで。」
 キキは何度もうなずくと、オキノさんのほうを向きました。
「ねえ、とうさん。小さいときしてくれた、たかいたかい、して。」
 キキははずかしそうに舌をちろりと出しました。
 予想どおり、満月の光が、東の草山の上からふりそそいでいました。

角野栄子魔女の宅急便』より

魔女の娘は、13歳の満月の夜、一人で両親のもとから飛び立ちます。キキにとって、この満月の夜は、生涯でただ一つの特別な夜です。

映画『シェルタリング・スカイ』には、こんな台詞が出てきます。引用は、世界傑作格言集「映画の名台詞 No.2」から行わせていただきました。

「人は自分の死を予知できず、人生を尽きせぬ泉だと思う。だが、物事はすべて数回起こるか起こらないかだ。」

「自分の人生を左右したと思えるほど大切な子供の頃の思い出も、あと何回心に思い浮かべるか? せいぜい4,5回思い出すくらいだ。」

「あと何回満月を眺めるか? せいぜい20回だろう。」

「だが、人は無限の機会があると思い込んでいる。」

私には、この、「あと何回満月を眺めるか?」という問いは大変インパクトがありました。しかし、「せいぜい20回だろう」という答えは、ちょっと極端に過ぎる、とも思いました。もっとあるだろ、という感じです。こういうときは、実際に計算してみるのがよさそうです。

まず、月は29.3日周期で満ち欠けをくり返します。ということは、満月はおよそ29日に1回見ることができる、ということです。もちろん、我々は毎日必ず月を見ているわけではありませんが、それでも1週間に1回ぐらいは月を見るのではないでしょうか? したがって、29×7=203日に1回は満月を見るはずです。

日本の20歳の男性の平均余命は、およそ21500日です。ということは、単純に割り算すると、21500÷203=105.9回。これが死ぬまでに月を見る平均の回数です。もし、あなたが30歳男性なら88.7回。女性ならば、これが1割程度増える計算になります。

満月を見るのもあと100回ぐらい。20回とまではいきませんが、それでも、やはり少ないのですね。

しかし、話はここで終わりではないのです。

中学で勉強した理科の話を思い出してください。満月というのは、地球から見える面がすべて太陽の光に照らされているわけです。これは、太陽・地球・月がほぼ一直線上にあるためです。すなわち、満月というのは、ちょうど太陽の反対側に出るのです。日没と同時に東の空から昇ってきて、夜明けとともに沈みます。

要するに、満月が空高い位置に来るのは真夜中である、ということです。

だから何だよ?と思われている方もいらっしゃるでしょうが、もう少しおつきあいください。

えー、あなたは日々の生活で、地平線をごらんになることはありますでしょうか。私は、ありません。建物が邪魔をするからですね。それでは、いったい建物というのは、どのぐらい邪魔なんでしょうか。

建物は2階建てのものが一番多いと思います。2階建てだと、だいたい6mぐらい。ふつうの道路は1車線3mほどですので、この建物を2車線分、つまり6m離れて見てみます。大変当たり前の話ですが、このとき、建物の屋根の位置は地上から45度の角度に見えるはずです。これはどういうことかというと、建物によって我々の空の半分は覆われている、ということです。

高村光太郎智恵子抄』の「東京には空がない」ではありませんが、建築物というものが我々の視界をいかに奪っているかについては、一度じっくり反省してみる必要があるのかもしれません。

では、満月が見える時間帯というのは、結局いつなのでしょうか? 分かりやすいように、以下、太陽が午後6時に没し、午前6時に昇ることとします。さらに、月の南中高度を90度(最も高くなったとき真上に来る)とします。

まず、午後6時、夕暮れです。東の空には満月が昇ってきているはずですが、建物が邪魔をして、我々には見えません。この後、満月が最も見やすくなるのは、真上に来たときですから、午前0時のときです。さっきの考察ですと、空の半分は建物が隠しているのですから、午後6時から午前0時のうち、半分の時間は月を見ることができません。

ということは、満月が見えるのは午後9時からです。そして、再び満月が見えなくなるのは、午前3時から、ということになります。

かなり条件が厳しくなったのが分かると思います。

さきほどの計算では、週に1回は月を見る、と仮定したわけですが、ここでもう一つ、時間帯について考える必要があったのです。あなたは、何日に1回「午後9時から午前3時の間に空を見る」でしょうか? もし、この質問の答えが「1週間に1回」であるのなら、さきほどの計算を7で割る必要があります。100回÷7だったら、14回です。

今の計算は分かりやすく南中高度を90度としましたが、実際には日本は北緯40度付近にあるため、春分秋分の南中高度は50度付近までしかなりません。夏至の日であっても、これに地軸の傾き23.4度が加わるだけです。冬至の日にいたっては、南中高度は25度前後ということですから、街の中にいる限り月など見えるはずもない、ということになります。

まとめますと、満月は太陽と反対の位置にあるため、深夜にならないと高い位置に来ないので、建物が障害物になる都市においては、実は満月は大変に見づらいものなのだ、ということです。

となると、冗談ではありません。「これから死ぬまでに満月を見る回数が20回」というのは、全然大げさなもの言いではありませんでした。下手すると、10回もないかもしれないのです。

これがどれだけ少ないかといいますと、今年2006年から2050年までに日本で見られる日食の回数が19回です。満月を見ることは、日食なみに貴重な体験だということです!

人生は有限なんですね……。

「あと何回満月を眺めるか? せいぜい20回だろう。」

「だが、人は無限の機会があると思い込んでいる。」

今日、7月11日の月齢は15。満月です。今夜、満月を見のがしたとしたら、それは、残りの生涯でたった20回しか出会えない貴重な満月の1つだったのかもしれません。